
金の茶釜=空襲に遭った金シャチではない?偶然の発見、通説に疑問符
5/10(土) 9:00配信
名古屋城の「金の鯱(しゃちほこ)」は第2次大戦中の1945年5月14日、空襲で炎上した。燃えがらは進駐軍に接収されたが、のちに名古屋市に返還され、市は初代金シャチの生まれ変わりとして「金の茶釜」と「市旗冠頭」を作った――。
市民に広く知られるこのエピソードが実は誤りだった可能性のあることが、名古屋城調査研究センターによる調査の過程で分かった。
センターの朝日美砂子学芸員が城内の収蔵庫で金シャチの歴史を調べていたところ、ある文書が偶然目に留まった。返還前の66年に大蔵省(現・財務省)が市に宛てた文書で、「評価額に相応する他の合金を引き渡す」と記されていたという。
文書の通りであれば、返還されたのは初代金シャチとはまったく別の合金だったことになる。
センターの瀬川貴文副所長は「今後、金の茶釜などを展示する際には、誤解がないように説明を工夫する必要があると考えている」と説明する。
https://news.yahoo.co.jp/articles/f0bdac719474cb695880048bf91179b664cffdaa